【不定期連載】シベリウスと伊福部昭の作風、そしてラウダ・コンチェルタータ 11

2017年07月31日

1983年2月10日「伊福部昭 協奏四題」と題された、井上道義指揮、東京交響楽団の演奏会のプログラムにも、伊福部先生の楽曲解説がありました。こちらも引用させていただきます。

ラウダ・コンチェルタータとは、司伴楽風な頌歌と言う程の意ですが、この作品では、マリンバとオーケストラとの協奏の形がとられています。ゆるやかな頌歌風な楽想は主としてオーケストラが受けもち、マリムバは、その本来の姿である打楽器的な、時に野蛮にも近い取り扱いがなされています。この互いに異なる二つの要素を組み合わせること、言わば祈りと蛮性との共存を通して、始原的な人間性の喚起を試みたものです。

ひー!たまりません。
祈り、野蛮、始原的な人間性の喚起!

この辺りが特に伊福部先生とシベリウスに差を感じるところです。
シベリウスの数ある交響曲を聴いていると、だんだん登場人物が減っていって最後には人がいなくなって自然だけが風景になっていくように感じます。
ですが、伊福部先生の場合は、とにかく最後まで人の営みだったり本性だったり、そういうものが中心にあると思うのです。
その点、今回のエンサガ、交響曲第3番あたりは、第1番や第2番の大観衆を相手にした作品よりも、もう少しプライベートな、家族や仲の良い友人達との、気の置けない時間が感じられるような、良いプログラムだと思っています。

山本 勲
(次回へ続く)



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