【不定期連載】シベリウスと伊福部昭の作風、そしてラウダ・コンチェルタータ 7

2017年07月31日

ちなみにみなさま、日本音楽の星!伊福部昭とはどんな人間だったのでしょう?

ヴァイオリンを弾きつつ、名曲喫茶に入り浸り、「ペトルーシュカ」「ボレロ」「春の祭典」を聴き、これが音楽というなら自分も書いてみようと独学で作曲を開始。
北大農学部に進みつつ、北大オケで、打楽器数十人とヴァイオリンという編成の自作曲を試演。
のちに、アイヌの住む森の林務官を務めながら、その曲をオーケストラ用に書き直した「日本狂詩曲」が、いきなりチェレプニン賞を受賞。
チェレプニンに1カ月のレッスンを受けた後もしばらくは林務官を続けますが、結局はその職を捨て上京することとなります。
上京後は映画音楽の作曲で食いつなぎながら、芸大の作曲科の教職に就きます。
また、名著「管弦楽法」を執筆。芥川也寸志、黛敏郎などたくさんの作曲家を育てながら、1976年には東京音大の学長にも就任します。
1979年に「ラウダ・コンチェルタータ」を初演。
この頃から伊福部作品の再評価が進み、コンサートの演奏も増え、録音も数多く出回るようになりました。

2006年2月8日、多臓器不全のため亡くなられるまで、私はついにお会いすることはかないませんでした。
あゝ残念です。
でも未来に語り継がれる作品達が沢山残されました。素晴らしいことですよね。

山本 勲
(次回へ続く)

アレクサンドル・チェレプニン (1899-1977)


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